東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)195号 判決 1989年10月27日
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の申立て及び主張
一 請求の趣旨
1 被告が原告の昭和六三年四月二一日付け土居智遥の出生の届出についてした届出の不受理を取り消す。
2 被告は、原告に対し、金一〇〇万円を支払え。
3 仮執行の宣言。
二 請求の原因
1 土居智遥は、昭和六三年一月二七日、フィリピン国マニラ市において、原告とその妻であるフィリピン国籍のロバトン・リサ・アールとの間の子として出生した。
2 そこで、原告は、同年四月二一日、フィリピン国マニラ市役所発行の出生証明書を届書に添付して、被告に土居智遥の出生の届出(以下「本件届出」という。)をした。
3 被告は、本件届出を受理すべき義務があるにもかかわらず、本件届出を不受理とする処分をした(以下「本件処分」という。)。
4 原告は、本件処分によって精神的苦痛などの多大な損害を被っているところ、その慰藉料は、金一〇〇万円が相当である。
5 よって、原告は、被告に対し、本件処分の取消し及び損害賠償金一〇〇万円の支払を求める。
第二 当裁判所の判断
一 まず、本件処分の取消しの訴えが、適法であるかどうかについて判断する。
1 戸籍事件について、市町村長の処分を不当とする者は、家庭裁判所に不服の申立てをすることができる(戸籍法一一八条)。そして、当該不服の申立ては、家事審判法の適用に関しては、同法九条一項甲類に掲げる事項とみなされ(戸籍法一一九条)、家庭裁判所は、専ら審判によってこれを処理する(家事審判法九条及び一七条)ところ、当該不服の申立てに理由があると認めるときは、当該市町村長に相当な処分を命じ(特別家事審判規則一五条)、当該不服の申立てに理由がないと認めるときは、その申立てを却下する。さらに、当該市町村長又は申立人は、家庭裁判所の右審判に対し、高等裁判所に即時抗告をすることができる(同規則一七条)。
2 戸籍事件について、右のとおり特別の不服申立てが定められているのは、戸籍事件の性質上、これに相応しい態勢を備え常時戸籍事件に関与している家庭裁判所が事件を処理することが適切であるという理由によるものであり、このように、戸籍事件について特別の不服申立制度が設けられている以上、行政事件訴訟法による行政訴訟を提起することは許されないものというべきである。
3 ところで、外国に在る日本人は、戸籍法の規定に従って、その国に駐在する日本の大使、公使又は領事に届出をすることができる(戸籍法四〇条)ものとされているところ、右の大使、公使又は領事の処分を不当とする者の不服申立てについては、明文の規定がない。しかしながら、戸籍事件に関する市町村長の処分について家庭裁判所に対する不服申立てが定められているのは、前記のとおり、戸籍事件の性質上、家庭裁判所がこれを処理することが適切であるという理由によるものであるから、この趣旨に照らすと、戸籍の届出に関して戸籍事務管掌者である市町村長と同一の権限を有する大使、公使又は領事の処分についても、市町村長の処分に対する不服申立てと同様に、家庭裁判所に対する不服申立てを認めるのが相当であるというべきである。したがって、戸籍法一一八条の規定を類推適用し、戸籍事件について、外国に駐在する日本の大使、公使又は領事の処分を不当とする者は、家庭裁判所に不服の申立てをすることができるものと解すべきである。
4 原告は、被告の本件処分を不当として、その取消しを求めているが、右により明らかなとおり、原告は、戸籍法一一八条により、家庭裁判所に不服の申立てをすべきものであって、行政事件訴訟法による処分の取消しの訴えを提起することはできないものであるから、本件処分の取消しの訴えは不適法であるといわなければならない。
二 次に、本件損害賠償請求の訴えが適法かどうかについて判断する。
国又は地方公共団体等の機関にすぎない行政庁は、民法上の権利能力が認められていないため、通常の民事訴訟では、当事者能力を有しないが、行政訴訟においては、抗告訴訟その他の法定の場合に限り、当事者能力を認められているものであるところ、本訴の被告は、国の機関である行政庁であり、本件損害賠償請求の訴えは、行政庁に当事者能力が認められている右法定の場合に該当しないことが明らかである。そうすると、本件損害賠償請求の訴えは、当事者能力を有しない被告を相手として提起されたものであるから不適法であるというべきである。
三 よって、本件訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤 晶 裁判官 小林昭彦)